自治医科大学医学部同窓会報「研究・論文こぼれ話」その29 同窓会報第84号(2018年4月15日発行)


4つのing」

            自治医科大学小児脳神経外科 五味 玲(栃木県7期)

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 小児泌尿器科中井教授からのキラーパスで小生にまわってきましたが、最近ろくな研究・論文がないので恥ずかしい限り。昔話ですがご容赦を。
 自治医大を卒業し地域医療に従事後、自治医科大学の大学院に入学したのが1991年(平成3年)。右も左もわからないまま分子生物学教室で研究を開始。テーマは脳腫瘍の抗癌剤耐性遺伝子研究。基礎の基礎から勉強し、様々な遺伝子に関して研究を進めたものの、なかなかまとまらない頃、新しい癌抑制遺伝子として同定されたのがp16(CDKN2A)。早速脳腫瘍細胞株及び腫瘍サンプルに関して研究し仕上げたのが小生の学位論文になりました。まとまらないながらも、いろいろと試行錯誤して実験を進めていたことが、新しい材料を得て速効で研究を完成できる事になり、それまでの努力が無駄にならずにすみました。
 その後初志貫徹で抗癌剤耐性遺伝子研究を再開。偶然、同様の研究をされていたMDアンダーソン癌センターの石川智久先生の講演が自治医大でありました。自分の研究途上のデータを相談したところ、非常に興味を持っていただいたことが小生の留学のきっかけです。石川先生が家庭の事情で急に帰国されることになり、紹介されたのがMDアンダーソン癌センター分子病理学のM.T.Kuo教授。1996年4月、ヒューストンの生活が始まりました。
 自治医大で樹立した薬剤耐性腫瘍株を持って行き、新しい手法で研究を進め、1年間で3つの論文を完成させることができました。Dr. Kuoは台湾出身で、自らも仕事熱心で、非常に面倒見のよいボスでした。九州大学や鳥取大学からの留学生も来ていたので日本の臨床家の事情もよく知っています。「Akira、君たちは論文の質も重要だが、数も重要だから」と言われ、完成した実験結果を組み立てて、ちょっとpreliminaryか?と思う内容でも次々と論文にさせられました。その結果が3つの論文というわけです。
 彼がresearchに関して大切なことと教えてくれたことは「4つのing」です。「reading」「thinking」「doing experiment」「writing」つまり、自分のテーマに関する論文や教科書をきちんと読むこと、それをもとにどうやって研究を進めるか考えること、そして研究・実験を正確に行うこと、その結果を解釈しロードマップの修正点がないかもう一度考えること、それによって追加の実験を行うこと、そして最終的にその結果をまとめて論文を書くこと。
 考えてみれば実に当たり前で単純なことですが、これをきちんとやり遂げることはなかなか大変です。特に最近は数多くのオンラインジャーナルが刊行されており、主要な雑誌だけではカバーしきれないような情報もあり、readingの部分は様変わりしてきたと言えます。オリジナルな発想のつもりが、実はもうすでにここに!などということも増えてきたのではないでしょうか。
 仮説と違った実験結果が出た場合の柔軟な発想もreadingとthinkingに裏打ちされます。私もDr. Kuoからやってみるように言われた新しい実験が何度やっても思ったような結果が出ないことがありました。実験方法の見直しなどを考えていたところ、「Akiraが何度やってもその結果なら、それが正しい結果なのだから、それを説明できる理論を考えよう」と言われ、実験結果を再検討し新しい理論を導き出したことがありました。虚心坦懐で結果に向かい合いthinkingした結果でした。
 日本に帰ってきてからは臨床の仕事が忙しくなり、最初は実験を続けていましたがなかなか難しくなって来ました。Doing experimentは楽しく、抗癌剤耐性株で発現の上昇している分子の手がかりを見つけたこともありましたが、実験環境が変わり、それ以上の発展を迷っているうちに過去のものとなってしまいました。その時点でwritingして世に問うべきであったと後悔しています。
 「Akiraたち脳外科医は手術も難しいし忙しいのだろうけど、われわれ基礎研究者も4つのingを完璧にこなして、他施設との競争にも負けないためには、脳外科の臨床をやるのと同じくらい体力と情熱が必要だ」といつもDr. Kuoが話していました。そうやってresearch魂と心意気を教えてもらったことが、20年以上たった今も心に残っており、とても懐かしい思い出です。  

(次号は、自治医科大学附属病院 医療の質向上・安全推進センター 新保昌久先生の予定です)

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